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神経鞘腫
神経鞘腫について
神経鞘とは神経を包んでいる膜(鞘)のことで、そこから発生した腫瘍を神経鞘腫といいます。発生した脳神経の名前をつけて、聴神経鞘腫、三叉神経鞘腫、舌咽神経鞘腫(頚静脈孔神経鞘腫の一つ:後述)などと呼びます。神経鞘腫は良性の腫瘍であり、年月をかけてゆっくり大きくなり、癌のように転移したり急激に増大することはありません。
聴神経鞘腫
聴神経は聴覚や平衡感覚を司っている神経です。聴神経鞘腫は神経鞘腫の中で最も頻度が高く、難聴(電話の声が聞きとりにくい)や耳鳴り、めまいなどで発症します。内耳道内で発生した腫瘍が大きくなると、近くにある神経や脳幹、小脳を圧迫しはじめ、しびれや歩行障害などが生じます。
【写真1:脳幹(左側)から脳神経が出ていく様子を示したものです。このように脳神経はお互いに近くを走行しているため、腫瘍が大きくなるにつれ、発生母地となった脳神経だけでなく、近くの脳神経や脳幹・小脳半球にも障害が及んで症状が進行していきます】
三叉神経鞘腫
三叉神経は顔面の感覚をつかさどる神経です。聴神経鞘腫の次に頻度の高い腫瘍です。顔面のしびれや疼痛で発症します。腫瘍が大きくなるにつれて、難聴や歩行障害などが生じます。
頚静脈孔神経鞘腫
頚静脈孔には3つの神経(舌咽・迷走・副神経)が通っており(写真2)、これらの神経から発生する神経鞘腫をまとめて頚静脈孔神経鞘腫といいます。舌咽神経や迷走神経はのどの動きをつかさどる神経ですが、嚥下障害で発症することはむしろ少なく、難聴で発見されることが多いのが特徴です。言い換えれば、聴神経を圧迫する程度にかなり大きくなってから初めて自覚できる症状が出現すると言えます。
【写真2:小脳半球を切除して、左側脳神経群を後方から見たものです】
治療
治療法は腫瘍のできた場所、大きさ、患者さんの年齢、神経症状、全身状態などの条件により異なります。治療法には開頭手術と放射線治療があり、それぞれの治療の長所と短所を考慮して治療方針をたてます。 しばらく外来で経過をみることもあります。
聴神経鞘腫の場合は以下の基準が一般的です。
- 若年者や径 3 cm以上の大きな聴神経鞘腫は開頭手術
- 高齢者、全身麻酔のリスクの高い方は定位的放射線治療
- ごく小さな腫瘍(例えば内耳道内に限局したもの)はしばらく経過観察して、腫瘍の増大が明らかな場合に治療を行う。
開頭手術について
実際の手術は、全身麻酔下に頭蓋骨をはずして顕微鏡を使って腫瘍を摘出します。腫瘍のできた場所、大きさにより開頭範囲が異なります。
聴神経鞘腫
おもに外側後頭下開頭により手術します。耳のうしろの部分を開頭して(写真3)、顕微鏡下に腫瘍を摘出します。写真4で示すように、聴神経と顔面神経はお互いに接して走行しています。
聴神経腫瘍の場合、顔面神経は腫瘍の辺縁に薄く引き延ばされており、写真のようにははっきりとは見えません。腫瘍が大きい場合には、顔面神経は腫瘍とひどく癒着しています。そのため腫瘍摘出に際しては、顔面神経を傷つけないようにすることが最大のポイントです。
そのためには術中モニター(顔面神経刺激装置など)を行い、顔面神経の位置を同定することは必須ですが、この部分の解剖に熟知し手術経験が豊富であることも重要です。また腫瘍を100% 全摘出することにはこだわらず、顔面神経周囲の腫瘍を薄く残して摘出を行うことにより(90%以上の摘出)、顔面麻痺の発生率を低く抑えることができます。
残った腫瘍に対しては、外来で経過観察し、腫瘍の増大が明らかとなった時点で放射線治療を行えばよいのです。
【写真3:頭蓋骨を左後方より見たもの】
【写真4:左聴神経を顔面神経が内耳孔へ入るところを後方より見たところ】
【写真5:聴神経鞘腫の手術摘出例:術後顔面神経麻痺はでませんでした】
頚静脈孔神経鞘腫
外側後頭下開頭と耳の後の骨を削って手術を行います。写真6に示すように、この部分には脳神経に加えて、大きな静脈も走行しているため難しい手術の一つです。
舌咽神経や迷走神経が傷ついて、のどの機能が障害されると、物を食べることが困難となります。また誤嚥による肺炎も生じやすくなります。したがって神経を傷つけない程度に手術を行うことがポイントです。やはり必ずしも全摘出にはこだわらず、神経周囲の腫瘍を少し残して摘出する方が良いと思われます。
- 左頚静脈孔を開放し、後方より見たところ。頭蓋内・外へ走る下位脳神経が見える。
- 左頚静脈孔を走る静脈。
- 左側方からみた神経鞘腫のMRI矢状断。腫瘍が頭蓋内・外にダンベル(亜鈴)型に発育している。
- MRI軸位。頭蓋内・外に発育したダンベル型腫瘍が見える。
【写真7:頚静脈孔神経鞘腫の手術摘出例:頭蓋内の部分はほぼ摘出しました。意図的に初回手術で残した側頭骨内の残存部分は数年間経過観察した後、腫瘍の増大が明らかとなった時点で、追加摘出しました】
この患者さんは、頭痛のためCT検査を受けられました。上段のCT検査は造影していないので腫瘍があるのかないのかはっきりしません。しかし、左右対称でなかったので造影剤を注射して中段のように造影CTをさらに行いました。腫瘍が白く映り、髄膜腫があることがはっきりとわかります。さらにその下の段の写真はMRI検査(造影剤注射後)の写真です。腫瘍がさらにはっきりとわかります。
定位的放射線治療
正常の脳組織を障害することなく、病変に目標をしぼって放射線を照射し、腫瘍を焼き切ってしまう治療です。ガンマナイフ、サイバーナイフ、エックスナイフなどの種類があります。
定位的放射線治療の長所は
- 体への負担が少ない
- 入院期間が短い(通常は2泊3日)
- 顔面神経や聴力障害などの合併症が出にくい
定位放射線治療の短所としては
- 大きい腫瘍に対しては向かない
- 治療の歴史が浅く、長期的な治療成績は不明
などがあげられます。
神経鞘腫は良性腫瘍でゆっくりとしか大きくならず、その人の年齢や性別、職業などで治療方針が変わってきます。神経鞘腫が見つかっても、あわてる必要はありません。しかし、良性でも腫瘍が増大すれば重篤な障害につながります。ご希望の方は当科外来で担当医に御相談下さい。