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もやもや病
1.もやもや病とは
脳に酸素や栄養を運ぶ、とても大事な動脈の内頚動脈は、心臓から首を通って頭の中に入ってきます。頭の中に入ってくると、脳の前から上の方に向かう動脈 「前大脳動脈」 と脳の横側に向かう動脈 「中大脳動脈」 に分かれます。その分かれ目を内頚動脈終末部といいます。ほぼ目の後ろに存在します。
もやもや病では、この部分が徐々に狭くなり、詰まってしまいます。
動脈が狭くなってしまうため、脳血流が減少し、脳には酸素や栄養が足りなくなってしまいます。それを補うために、新しく細い血管がたくさんできてきます。これらが脳血管撮影検査でタバコの煙のようにもやもやと見えるので、もやもや血管と呼ばれます。これが、もやもや病と命名された由来です。
もやもや病では、脳血管の閉塞がゆっくりですが進行し、必ず左右両方の脳血管が狭くなってきます。
原因はいまだに不明です。
日本人に多く発症することがわかっており、家族内発生率も高い病気です。
女性に多く、発症は小児期(10歳以下)と30歳台に多くみられます。
発症の仕方や症状によっていくつかの病型に分けられ、一過性脱力発作型、脳梗塞型、てんかん型、脳出血型などがあります。
子供さんの場合は、圧倒的に多くの方が、一過性脱力発作や脳梗塞などの脳への血流が不足する脳虚血で発症し、成人で発症した方の半数は脳出血型です。
【正常の椎骨動脈造影(左)ともやもや病の椎骨動脈造影(右)】
もやもや病の症状は呼吸と強く結びついて出現します。
私たちの脳は酸素を必要としています。しかし、脳血管の拡張や収縮をコントロールしているのは、実は酸素ではなく、二酸化炭素なのです。
通常、血液中の酸素が少なくなるときは呼吸困難な状況であると考えられます。すると二酸化炭素は増えるわけです。そこで、脳へ酸素を送らなければならないと体は判断して、脳血管を広げます。この脳の血管を拡張させる引き金となっているのは、血液中の二酸化炭素の増加にあります。
では、それと逆の場合を考えてみると、泣いたり、笛を吹いたりして過呼吸の状態になると、血液中の酸素は増えるのですが、二酸化炭素は減ってしまいます。すると、体は酸素がたくさんある状態だと判断して、脳血管を収縮させて血流を少なくしてしまいます。もやもや病の患者さんは普段から脳血流が低下しているのに、血管がさらに収縮して血流が減ってしまうと、脳血流の不足が一気にきて脳が働くなり、多くの患者さんで脱力発作が生じるのです。
2.もやもや病ではどんな症状がでるのですか?
もやもや病ではないかと疑うときのポイント
もやもや病を疑うにはまずは症状・病歴からです。
子どもさんの場合、過呼吸により起こる「一過性脱力発作」と呼ばれる発作が特徴的です。例えば、泣いたり、熱い食べ物を食べるときに「フーフー」と息を吹きかけたり、歌を歌ったり、ハーモニカや笛を吹くなどの過呼吸で、数分間手足の力が抜けてしまいます。手の力が抜けると物を落としたり、足の力が抜けると座り込んでしまいます。
このような症状は数分間で戻ってしまうため、病院に受診したときにはすでに症状がなくなっていることも多く、日頃からご家族、特にご両親が子どもさんの症状に気をつけて見ていく事が大切です。幼稚園や小学校に入学されたお子さんの場合は、学校の先生が異変に気付かれることもあります。
その意味でも別項で書いていますが、病状日記をつけることはとても大切なのです。
言葉で説明するのは簡単ですが、健常者だと思っている人が実際に症状を呈したとき、もやもや病を疑い、診断するのは容易ではありません。見た際に、異常に最も気付きにくい症状が、「一過性脱力発作」と「失神」です。
両者とも脳の血流不足によって起こる病態ですが、軽いとわかりにくい症状の上に、脳循環が改善すると症状も消失しますので、なおさら診断が難しいのです。学校で典型的脱力発作を起こして手足が動かなくなり、救急車で運ばれたのに、病院に着いた時には手足の麻痺も無く、医者ですらもやもや病と、いや病気とすら診断できなかったいうこともあるのです。
A) 一過性脱力発作(TIA)
一過性脱力発作とは、手足が麻痺しますが数十秒や数分後に改善する症状です。
もやもや病で内頸動脈に著しい狭窄や閉塞が生じると、脳の局所の血流低下がまず起こります。そしてもやもや病の患者さんでは、過呼吸で脳血流が更に低下します。泣くなどして過呼吸の状態になると脳血流低下が限界を越え、そのため数分間手足の麻痺が生じるわけです。
一過性脱力発作はもやもや病以外の病気でも起こる場合がありますが、泣いたときやピアニカを吹いたときに手足に力が入らないといった症状は、もやもや病の子どもさんの代表的症状といえます。子どもさんでこの症状が見られれば、まずもやもや病を疑います。しかし、代表的症状である一過性脱力発作ですら、小さな子どもさんで診断するのは困難です。目の前でしゃがみ込む幼子が、自分の意志でしゃがんでいるのか、両足の力が抜けたためしゃがんだのか見極めなければなりません。また、一瞬ふらついて歩いていたのにすぐに元に戻ったら、病的に異常なのかふざけていたのか区別がつきません。大人の方の場合でも、症状が軽い時は見逃されやすくなります。典型的一過性脱力発作の子どもさんの親御さんですら、症状が軽くあまりに頻発するため自分の症状が一過性脱力発作と気付かれなかった方もおられます。
わかりにくい脱力発作として、
- 風呂場で歌った後、ふらふらし座り込む
- 自転車を早くこいだところ、手足が痺れる
- たばこを吸っている時、握る指に力が入りにくい
といった方がおられ、検査したところもやもや病でした。これらはすべて呼吸と関係した一過性脱力発作の一種で、もやもや病だと疑ってみないとこの病気の症状とすら思えません。それ位、実際の現場で一過性脱力発作を診断するのは難しく、見逃されやすい症状です。
B) 失神
脳の虚血により手足の脱力ではなく、意識が低下する(ぼーとなる)一過性発作があります。これが失神です。失神はもやもや病に特異的でなく、色々な原因で起こり、立ち上がろうとするときに起きる起立性低血圧や、腹圧と血圧が関与しているために放尿し始めた時に起こる排尿時失神などが有名ですが、この失神が主症状で発病されるもやもや病の方もおられます。失神も一過性の症状ですが見逃さず、もやもや病も疑いMRI & MRA検査を受けることが大切です。
私が診た患者さんの中には、熱いうどんを食べる時、フーフーと吹く度におしっこを漏らされた子どもさんがおられます。これも、過呼吸したため脳血流が低下し、意識がもうろうとした失神状態となり、失禁されたわけですが、おしっこを漏らす子どもさんを見て、これが失神発作で起きており、重篤な病気だとは通常思いません。また、失神発作を長年繰り返した後、診断された方もおられます。20歳過ぎに準備体操で深呼吸した時に頭がボーとしたことでMRI & MRA検査を受け、もやもや病と診断されました。しかしよく聞くと、小学校の頃から歌った時に気分が悪くなったり、ボーとすることがあったとのことです。また、子どもさんへの手術の説明をしている時に、私の目の前で一瞬ふらっとされた親御さんがおられ、この方ももやもや病でした。一瞬ふらっとした位の軽い失神を見逃したり、もやもや病を疑わずにMRI & MRA検査しないと、診断は遅れてしまうわけです。
C) 脳出血
大人の方の場合に見られる出血型は、「突然の頭痛」、「嘔吐」や「麻痺」、「意識障害」で発症します。脳出血の診断は頭部CT検査で可能です。日本ではCTの普及が進んでおり、多くの病院でCT検査を受けることができます。CTでは血管の外に出た血液は白く映ります。もやもや病では特に、「脳室」と呼ばれる脳の中で脳脊髄液をためておく部屋の中に出血する、「脳室内出血」を発症する方が多く、そのような出血を起こした場合にはもやもや病ではないかと疑います。そして時々、MRI(核磁気共鳴撮像法)で出血の原因となった動脈瘤が見つかることがあります。
【もやもや病によって起こった脳室内出血】
3.どんな検査が必要ですか?
約20年前には、この病気は大変珍しい病気だと言われ、患者さんの数も多くありませんでした。当時、検査法として脳波検査と脳血管撮影しかなく、診断が困難だったからです。
脳波検査では、過呼吸負荷によるre-build up(リ・ビルドアップ現象、再出現)と呼ばれる現象を見て診断していましたが、確定は出来ず、最終的には脳血管撮影を行わざるを得ませんでした。診断を確定させるために必要な脳血管撮影は外来では出来ず、しかも合併症も報告されていました。
その後、診断機器、MRI・MRA (核磁気共鳴影像法)の出現で、診断や経過観察法も大きく変わってきました。
現在では、MRI & MRA検査で外来で簡単に診断できます。注射する必要がないので、子どもさんも比較的容易に検査できます。かつてもやもや病は、手足の麻痺や言語障害などの重篤な後遺症を出して初めて診断される病気でした。しかし今では、軽い一過性脱力発作や失神などの段階でMRI & MRA検査を受ければ、見つけることができる病気です。しかも、専門医師の管理の元で暮らせば重い後遺症を出さずに普通の生活が送れる病気です。
どうぞ、これらの一過性の症状を見逃さずにMRI & MRA検査を受けて下さい。もやもや病患者さんのご家族の方も希望されればMRI & MRA検査を行っております。
【MRI:PHILIPS社製 アチーバ3.0テスラ】
A) MRI & MRA検査-外来で診断可能、テスラの問題-
MRI & MRAは、造影の必要も無く、短時間でできますので、子どもさんでも検査可能です。そのお陰でこの病気の診断が容易となり、近年、一見、元気に暮らしておられる症状の無い患者さんや症状が軽い患者さんが多数見つかるようになりました。特定疾患の申請も、脳血管撮影の代わりに、MRI & MRAで申請できるようになりました。
MRIは脳の形を描出し、脳梗塞を早期に描出出来ますし、MRAでは脳の血管の形を見ることが出来ます。厳密に言うと正確ではありませんが、ある程度は脳血管の大きさや形がわかり、もやもや血管も見ることが出来ます。しかし、ここで注意しなければならないことは、単にMRIと言っても車に色々な車種があるように、その機種により性能に大変な違いがあるということです。MRIは放射線ではなく、磁力を使って体の中の水分分布の違いから画像を撮影する器械です。
ですから、MRIの器械は巨大な磁石と考えていただければよいかと思います。そのため、検査室に入る前には金属を持っていないか、心臓のペースメーカーを埋め込んでいないか、頭の中に動脈瘤のクリップが入っていないかなど、しつこいくらいに質問されます。巨大で強力な磁石の近くに金属が近寄れば、すさまじい力でその金属が引っ張られ、器械を壊してしまうからです。
その磁力の強さを表す単位が「テスラ」です。通常、0.5テスラから1.5テスラの磁力を発生させるMRIが検査には用いられていますが、もやもや病の正確な診断には1.5テスラ以上の磁力を持ったMRIが必要です。また撮像法にも色々あり、水が黒く映る「T1強調像」、水が白く写る「T2強調像」、脳梗塞があれば白く映る「拡散強調像」が最も頻繁に用いられています。特に、脳梗塞を発症から数時間内の早い段階で診断しようとすると、拡散強調像を撮影しなければなりません。
もやもや病の経過観察のためには、この検査を1年に1回は受けられた方がよいでしょう。そして、脳血管の狭窄の進行や新しい病巣、脳梗塞の有無を見てゆく必要があります。当院では、PHILIPS社製3.0テスラMRIを導入しており、より正確な画像診断が可能です。
【もやもや病のMRI画像 (下から見た像) もやもや血管(矢印)がみえる】
【もやもや病のMRA画像 (両側内頚動脈、右後頭動脈が閉塞している)】
【1:下から見た像 2:左横から見た像】
【3:内頚動脈系 正面像 4:椎骨脳底動脈系 正面像】
B) CTスキャン
血管の外に出た血液が白く描出されるので、脳出血の診断に適しています。しかし、CTスキャンでは造影剤の注射を行わないと脳血管の検査ができず、虚血型もやもや病をCTスキャンで診断することは困難です。
大人で発症される方は、頭痛・吐き気・意識障害・片麻痺などで発症する脳出血型のことが多いので、この検査で脳出血がないかを確認する必要があります。しかし、初期の脳梗塞巣をこれで見ることは困難です。脳梗塞の早期診断には、MRI を行う必要があります。
【もやもや病の脳室内出血のCTスキャン(左)、脳梗塞急性期のCTスキャン(中央)と脳梗塞急性期のMRI拡散強調増(右)】
C) ヘリカルCT(3D-CTA:3次元CT血管撮影)
造影剤の注射を行いながらCTスキャンの検査を行うことで、脳および頭皮の血管の走行を三次元的に検査することができます。子どもの患者さんには脳血管撮影が困難なこともあり、この検査でできる限り代用しております。得られた画像を3次元に再構成することで、下の画像のような脳内の血管の走行や、頭皮の血管の走行を知ることができ、どの血管をどこに手術でつなげばよいかを知ることができます。
また、血管が細くなっている場合は、どの程度細くなっているかを知ることができます。また、術後の検査にも用いることが出来ます。 この検査のおかげで、脳血管撮影を減らし、その検査による合併症の後遺症を回避できるようになりました。
【もやもや病の頭皮の血管】
【3DCT画像 バイパス術後、右浅側頭動脈(矢印)を頭蓋内へつないだ】
【3DCT画像 脳底動脈瘤合併例】
D) 脳循環代謝検査(SPECT とPET)
脳血管撮影やMRAは脳血管の形を見るものですが、SPECT (スペクト:Single Photon Emission Computed Tomography)やPET(ペット: Positron Emission computed Tomography)は、より症状と関係する脳循環代謝をみる検査です。脳循環即ち脳の血液のめぐり方をみることで、脳の中のどの部分に血流が不足しているのかを検討します。
【もやもや病のSPECT画像、安静時(左)と比べて過呼吸時(右)で左右差がはっきりしている】
E) 脳血管撮影
大腿部または肘などの太い動脈にカテーテルと呼ばれる細い管(直径数mmほど)を挿入して、血管の中を通し、脳の近くまで進めて行きます。そこから脳の血管の中へ造影剤を直接注入し、レントゲン写真を撮影することで、脳血管の形、特に狭窄度合いを見る検査法です。
MRI & MRAが登場する以前には、厚生省の特定疾患を申請する際に必須の検査でした。この検査で、両側内頸動脈終末部の狭窄や閉塞とその近くのタバコの煙のように見えるもやもや血管が存在することを確認し、もやもや病と診断したものです。
しかし、カテーテルを挿入する際、動脈に管を刺すため、検査中はもちろん検査終了後も、大腿部を刺した場合には数時間は仰向けに寝たままでじっとしていなければならないので、少し苦痛を伴う検査です。しかも1,000人に1人の割で脳梗塞などをおこす可能性があり、危険を伴う検査です。小さな子どもさんでは全身麻酔をかけて行わないと協力が得られず施行できません。
現在では、高性能のMRI MRAで、上記のようなもやもや病の所見を外来で得ることができ、厚生省の特定疾患の申請もMRI,MRAで可能です。当科では、出来る限りMRI & MRAですませ、脳血管撮影は行わないように努めています。
F) 脳波検査
脳波検査は脳の神経細胞が出す電気の波を拾い、波の形や大きさや頻度やリズムを見る検査です。過呼吸時に出るゆるやかな波、いわゆる徐波が正常人では過呼吸を止めると消えるのに、もやもや病患者さんの多くでは、過呼吸を止めて30数秒後にもう一度出現します。いわゆるリ・ビルドアップ現象が見られるわけです。しかし、MRI & MRAが出現してからこの検査は不要となり、現在ではてんかんを伴う場合にのみ用いられます。
しかも一過性脱力発作をおこす状態を作るため、過呼吸、風車などをフーフーと吹かして検査していましたが、これらの行為は危険を伴うので、現在ではほとんど行っていません。
4.もやもや病の病型(発症の仕方)や病期(進み具合)とは?
もやもや病の病型(発症の仕方)
もやもや病は脳の血管が徐々に詰まると共に、もやもや血管が側副血行路として発達してくる病気です。スピードも各個人によって違い、早い人は1~2年で、遅い人は10数年かかって詰って行きます。すべてのもやもや病の患者さんの症状や状態が均一なわけではありません。
特定疾患では
- 出血型
- てんかん型
- 梗塞型
- TIA型
- 無症状型
- その他
の6つに分けられます。
- 出血型
初回発作から出血を起こすもので、大人の方に多く、元気に暮らしていた人が突然激しい頭痛を訴え意識さえなくなります。多くの場合、側副血行路として発達してきたもやもや血管は弱く、これが破れてしまうことが原因で、「脳室内出血」を生じます。もやもや血管に血管のたんこぶである「脳動脈瘤」がみつかる場合もあります。
- てんかん型
ある日突然、手足を振るわせ意識消失を生じる「てんかん」で発症するものです。てんかんを起こす人の多くには、既に脳梗塞があります。また脳梗塞を起こした時にその症状として、てんかんを発症する場合もあります。
- 脳梗塞型
一回も一過性脱力発作なしに最初から脳梗塞を生じるものです。最初の発作から片麻痺や言語障害などの後遺症を残します。この型では、二回目の発作も脳梗塞が多く、後遺症を残すので要注意です。
- 一過性脱力発作(TIA:Transient Ischemic Attack)型
もやもや病の代表症状で、子供が泣いたときやピアニカを演奏したときに手足の力が抜けますが直ぐに回復するといった症状が典型的です。
初期の頃は数分間で元に戻りますが、繰り返している間に後遺症を残す脳梗塞を生じます。すなわち脳梗塞の前触れの警告でもあるわけです。これが頻発するのが、一過性脱力発作(TIA)頻発型です。
もやもや病では前から後ろへ向かって徐々に、ひどいときには10年以上かかってゆっくりと血管が閉塞して行きます。そのため、脳の配置と関係して、初期には力が抜けるといった発作が起きていた方が、進行していくと、力は抜けなくなったけれど、手足がしびれたようになってしまうという症状を起こすことがあり、それからさらに進行すれば、見え方がおかしいと感じるようになってこられます。
- 無症状型
全く症状なく、頭部の外傷の際の検査や、脳ドックなどで偶然発見された方のことです。しかし、よくよく病歴を聞いてみると、一過性脱力発作があり、気付いていなかったという方も多くいらっしゃいます。
血管が詰まって生じる一過性脱力発作や脳梗塞で発症した人が長期経過の中で出血を生じ、出血型になることも稀にあります。出血を生じると生命さえ危ぶまれますし、血管が詰まり多発性脳梗塞を生じますと知能障害や片麻痺、言語障害などの後遺症を残します。また、診断が難しい症状として高次脳機能障害と呼ばれる知能障害・衣服を着ることが難しい・計算がうまくいかない・うまく字を書けないといった障害を残す方もおられ、気付かれないままとなっていることも多くあります。これらが生じないように薬物治療や外科治療を行うわけです。
外科治療のバイパス術は、特に血管が詰まりかかっている一過性脱力発作や脳梗塞防止に効果があります。
もやもや病の病期(進み具合)
もやもや病の命名をされた鈴木先生は、もやもや病を6つの病期に分けて解説しておられ、「鈴木の6期相分類」と呼ばれています。当時はMRI & MRAは普及していませんでしたので、脳血管撮影の所見からの分類です。
- 第1期:内頚動脈終末部の狭窄
- 第2期:内頚動脈終末部の狭窄にもやもや血管が見られる
- 第3期:もやもや血管が増勢し前大脳動脈、中大脳動脈群が脱落し始める
- 第4期:病変が後ろへ及び後大脳動脈群が脱落し始める
- 第5期:内頚動脈系主幹動脈がほとんど消失
- 第6期:外頚動脈および椎骨動脈系よりのみ血流保全
第2期でもやもや血管が見られ始め、第3期で中大脳動脈群が脱落し始め、第4期で病変が後ろへ及び後大脳動脈群が脱落し始めます。もやもや病は見つかってからも徐々に進行を続ける「進行性疾患」です。みつかった時期も、それからの進行速度も患者さんにより違います。同じ患者さんの脳ですら、左と右で違いがあります。ですから、病型や病期をしっかりと把握して、脳梗塞を起こして後遺症を残さないように担当の医師とじっくり相談の上で、治療方針を決定していく必要があります。
脳を栄養している内頸動脈が狭窄から閉塞へ進行すると、外頸動脈と呼ばれる頭皮や頭部の筋肉を栄養する血管が頭蓋骨を貫いて脳を栄養しようとします。この現象を応用し人工的に早めにこれを造ってやるのが、バイパス手術の「間接法」です。第4期になるとしばしば脳梗塞が生じるので、多くの場合「第3期」までに、遅くとも「第4期」までにはバイパス手術を受けた方が良いようです。
5.病症症状日記をつけましょう!
もやもや病の患者さんとご家族へは、まず「病症日記」を付けることをお勧めします。これは、症状(病状)、即ち病気である脳の状態を把握するためのものです。詳細な日記(病歴)があれば、CT、MRI、SPECT(脳循環)等の検査無しでもかなりのことを知ることができます。
先日も左側の脳にバイパス手術を行った8歳の子どもさんの親御さんから、一過性脱力発作(TIA)が頻発し始めたと、ご心配の連絡を受けました。よくよく聞くと、発作は左の手足に起こっていました、脳は右脳が左手足を、左脳が右手足を動かす対側支配で体を動かしています。左側の手術が関与している右側の手足ではありません。そこで急ぎMRI & MRA検査を行い、手術をまだ行っていない右側の脳血管狭窄が更に進行したのを見付け、遅れずに右側にもバイパス手術を行うことができました。親御さんの詳細な病状観察が役立ったわけです。
「病症日記」の重要性を理解してもらうためにも、一過性脱力発作と脳の病態(虚血の部位やその程度)の関係について、脳の機能や血管支配をも含めて改めてご説明致します。右の大脳半球が左の手足を支配し、左の大脳半球が右の手足を支配し、言語中枢が多くの人で左大脳半球に存在することはご存知と思います。脳の機能は、部位によって更に細かく分かれています。手足を動かす中枢は、外から見ると耳たぶの上の前頭葉後部、運動野と呼ばれるところにありますが、耳に近い外側部が手を動かし、頭のてっぺんの正中部が足を動かします。しかも、これらの脳は、酸素を供給し二酸化炭素を運び出す血液の供給が十分に来ないと機能しません。大脳半球を栄養する大きな血管は左右それぞれに3本あり、前方正中部へ血液を供給する「前大脳動脈」、側方中部への「中大脳動脈」、後部への「後大脳動脈」です。前大脳動脈と中大脳動脈は、内頸動脈から分かれます。この分かれ目が「内頚動脈終末部」です。手を動かす脳は運動野下部の外側部で中大脳動脈により、足を動かす脳は運動野上部の正中側で前大脳動脈により栄養されます。もやもや病で内頸動脈に著しい狭窄や閉塞が生じると、その分枝である前大脳動脈と中大脳動脈領域、特にそれらの「境界領域」にまず血流低下が起こります。泣くなどの負荷が掛かると更に血流が低下し、血流低下がひどい部分の大脳半球が一時期働かなくなり、そのため数分間手足の麻痺が生じるわけです。更に血管狭窄が進み、脳の一部分でも血流が最低限を割った時間が長くなると、脳神経細胞が死に、元に戻らない「脳梗塞」と呼ばれる状態になり、麻痺などの後遺症が永久に残ることになります。一過性脱力発作は、脳梗塞に陥る危険性がありますよとの「警告のサイン」ですので、用心しなければなりません。
このように、詳細な病歴から細かな症状がわかれば、罹患した大脳半球の部位やその程度をかなり知ることができます。
では、一体どんな内容を日記に書いておけばよいのでしょうか?
皆様が普段書いていらっしゃるような日記とは違い、毎日記録をつける必要はありません。記録を付けるべき時とは、
- 脱力発作が出現した時
- 脱力発作が頻繁に起こり、病院を受診した時
- 症状は無いものの、定期的な外来通院またはMRIや脳循環検査(SPECT)などの検査を行った時
- 入院のうえ、検査・治療を行った時
などに記録を付けておくことをお勧めしています。
- 脱力発作が出現したときに記載していただきたい内容は、
症状が出た日付・時刻(特に左右どちらか)、何分くらい持続していたのか、何をしているときに出たのか、病院は受診したのかといったことです。右手・右足など脱力が見られた部位
例えば、
○月△日□時頃に、風呂場で歌を歌ったら、右手に脱力発作があった。2分くらい続いたが、すぐに元に戻ったので病院には行かなかった。
といった内容になります。
1回の発作の記載は、1~2行ほどですが、1ヶ月~2ヶ月に1回の定期外来を受診していただく際にまとめて見せていただくと、治療方針の参考にもなりますし、日常生活で気をつけることを指導させていただく際の参考にもなります。それに、数ヶ月、数年にわたって記録を付けておくと、ご自分でも、「去年より発作の回数がだんだん多くなっているようだ。」「先月は発作が多くて心配になって病院を受診したりしたが、今月は症状が少ない」など、定期的な外来を受診する以外に、どういうときに受診するのがよいのかを判断する基準にもなってきます。また、発作の誘因となったことが見つかることもあり、その行為をやめさせることができます。
- 脱力発作が頻繁に起こり、病院を受診したときには、
上記の発作が出た時刻や持続時間などを記録していただいた上で、どこの病院(いつも通っている病院か、それとも近所の初めて行く病院か)、どのような検査(CTスキャン、MRIなど)、どのような説明を受けたのか、点滴など治療を受けたのかといった内容を記録しておくとよいでしょう。
例えば、
□月○日△時頃から、家で炊事をしていたら1時間おきに脱力発作が5回あった。最後の1回は1時間たっても完全には元に戻らなかった。これまでにこのようなことはなかったので、心配になってすぐに近所の「☆☆☆脳神経外科クリニック」を受診した。CTスキャンとMRIの検査を受けた。CTスキャンで出血はない、MRIでも脳梗塞は無いと説明を受けた。血管の太さは、普段検査を受けている「※※※大学」の検査と比べてみないと進行が急なのかはわからないと言われ、近日中に予約を取って、受診するようにアドバイスを受けた。点滴を1本受けたら脱力は消えた。
という内容になります。脱力発作だけのときより、書くことは少し多くなります。 このように、思わず病院を受診するような、頻繁かつ長く続く発作が出るようになってくると、血管の狭小化が進行して、脳循環代謝に変化が起こっている事態が予想されます。このような情報があれば、予定より早めにMRI & MRA検査を行ったり、脳血流代謝検査(SPECT)を行ったりと、経過観察を行うスケジュールを変更し、治療方針を検討して行きます。
- 症状は無いものの、定期的な外来通院またはMRIや脳循環検査(SPECT)などの検査を行ったときには、
どのような検査を受けたのか(MRI & MRA、脳血流検査(SPECT)など)、どのような説明を受けたのか、次回検査の予定などを記録しておきましょう。
例えば、
☆月□日、○×先生の外来を受診した。MRI & MRAの検査を受けた。新しい脳梗塞巣や脳血管の太さに大きな変化が無いと説明を受けた。来週SPECTの検査をする予定になり、血流代謝に変化があれば手術を検討しては?と説明された。
といったような内容になるかと思います。
最近では、MRI & MRAが発達、普及してきたことで、症状がまだ出てない段階でもやもや病がみつかる人もいます。現代は予防医学の時代ですので、症状が出る前にMRI & MRAで脳血管の僅かな狭窄をみつけ、病変の進行を予測し対応するのが理想的治療法です。
6.もやもや病にはどんな治療法があるのでしょうか?
様々な治療法のメリット、デメリット
もやもや病の治療法には、大きく分けると以下の3つの治療方針があります。
- 基礎治療(生活指導など)
- 内科的治療(薬物治療)
- 外科的治療(脳虚血に対する血行再建術)
基礎治療はどのような患者さんにも有用で、かつすぐに実行できることが多いため、皆さんにおすすめしていますが、内科的治療と外科的治療にはそれぞれにメリット・デメリットがあります。そこで、担当の医師との相談の上、どのような治療方針を選択するのかを決定していく必要があります。
- 基礎治療(生活指導など)
- A. 発作並びにその誘因のチェック:病状日記の開始
- B. 一過性脱力発作の誘発動作(過呼吸、涕泣、笛・ハーモニカの演奏など)の回避
- C. 貧血の改善、血圧コントロール(特に高血圧)
- D. てんかん発作に対する治療
基礎治療としては、まず発作の誘因となる?泣(泣くこと)、楽器演奏(ピアニカ、ハーモニカ、リコーダーなど)などの動作を避けることが重要です。子どもさんではご両親へ、そのような動作を取らせないように指導させていただいています。子どもさんの場合は、泣かせないようにするため教育や検査・治療に難しい面があります(教育の問題については別項:「8.もやもや病の患者さんのしつけや教育現場で気を付けること」を参照されてください)。症状を詳細に観察すると一過性脱力発作の誘発因子をみつけたり、脳循環の低下がひどい部位とその程度が推測できたりするので、患者さんやご家族に病状日記をつけてもらっています。また、てんかんで発症された「てんかん型」の患者さんの場合には、てんかん発作を軽減させる治療薬の内服も基礎治療として行っております。
- 内科的治療(薬物治療)
- A. 虚血型---抗血小板薬(血液をサラサラにする薬)の内服
- B. 出血型---血圧コントロールのため降圧剤(血圧の薬)の内服
もやもや病で狭窄に陥った血管では、血液が固まった血栓を形成することが頻繁に見られます。薬物治療は、この血栓の形成を予防し、脳が脳梗塞に陥ることを防ぐ目的で、抗血小板薬(血液を固める作用のある血小板の作用を弱くする薬、血液がサラサラになります)を内服していただきます。患者様にとって薬を飲むだけですので、負担が軽く、症状が軽い一過性脱力発作で、頻度も少なければ、手術は行わないで側副血行路が発達するまでしのぐ意味で、行うことがあります。しかしながら、症状が急速に進行する方では脳梗塞を起こし、永続的な障害を残す恐れがあり、早期に外科治療を検討する必要があります。
他方、内服薬に関しては副作用の問題があります。抗血小板薬にもいくつかの種類があり、血液成分の減少を起こすことや血圧が急に低下してショックを起こしたり、「ライ症候群」と呼ばれるけいれんや意識障害と肝臓の機能障害を起こしたりするなどの副作用が知られています。どのような種類の薬剤でも血小板の機能を低下させることは共通しています。そのため、副作用として出血をしやすくなる出血傾向を起こしますが、通常の生活で問題となることはあまりありません。ただし、手術や抜歯などをする際には、出血が止まりにくくなっていますので注意が必要で、担当医師から歯科医などへ連絡を取ってもらった方がよい場合があります。
また、大人の方にみられる出血型では弱いもやもや血管に負担がかかると、破れてしまったり、動脈のこぶ(動脈瘤)ができたりすることがあるため、血圧が高い方は降圧薬を内服していただきます。しかし、下げすぎてしまうと、細い血管への血液の流れが悪くなってしまいますので、「高すぎず、低すぎず」という微妙なさじ加減が必要になります。
内科的治療(薬物治療)のメリット
- 侵襲を伴わない
- 血栓形成を予防できる
- 脳循環を改善できる
- 安価である
内科的治療(薬物治療)のデメリット
- 進行例や重症例に対して、無効なときがある
- もやもや血管の血行動態は変化しない
- 薬の副作用が稀にある
- 外科的治療(脳虚血に対する血行再建術)
もやもや病に対する外科的治療として、我々が行っているバイパス術には大きく分けると2つの方法があります。
- A. 直接的と間接的血行再建術の併用
- B. 複合間接的血行再建術(間接法のみ)
外科的治療は、入院が必要なこと、部分的でも剃毛が必要なこと、合併症として脳梗塞、髄膜炎等の危険を伴うことなどが欠点として挙げられます。そのため、無症状の方や発症初期の軽症の方に適応はありません。しかしながら、多くの患者さんで内科的治療に比べて劇的な症状の改善、一過性脱力発作の消失や脳梗塞の予防が期待できます。
外科的治療は、当初は直接バイパス術の浅側頭動脈—中大脳動脈吻合(バイパス)術で始まりました。しかしその後、他の疾患と異なり直接血管をバイパスせずとも接触させると外頚動脈系から新生血管が脳へ容易にできることが判明し、間接バイパス術の開発が始まりました。
もやもや病の患者さんでは、髄液の中の血管増成因子が増加しているのです。それで直接バイパス術を行っても、間接法も追加するのです。
直接バイパス術は、血管同士を直接吻合するため確実な効果が期待できますが、反面、血管の細い子どもさんの場合は施行困難なことがあり、術後合併症を起こすと重篤な障害を残すことがあります。他方、間接バイパス術の手技は比較的やさしく安全ではありますが、側副血行路の形成がご本人の血管の新生能力に任せるという意味で不確実であり、新生せず、手術の効果が上がらない方もおられます。
間接バイパス術を用いた場合、そのことを理解して術後経過観察が必要です。間接バイパス術は様々な手法が各施設で行われていますが、不応例を減らすため当施設では2ヶ所の違った部位へ浅側頭動脈前枝と後枝と前頭筋と側頭筋を用いて違った3つの術式を施すという複合間接法を行っております。
複合法は、広い範囲に側副血行路形成が期待できることと、前大脳動脈領域の血流改善が得られるという利点があります。更に間接バイパス術の不応例を減らすには、脳血流検査のSPECTやPETでバイパス手術適応並びに手術部位を考慮しなければなりません。
我々の経験では、酸素摂取率が上昇したmisery perfusion(ミザリーパーフュージョン:貧困灌流)部に間接的バイパス術を行うと、側副血行路形成が良いと考えています。(もやもや血管が破れることにより発生する脳出血例に対するバイパス術については後に述べます)
外科的治療(血行再建術治療)のメリット
- 側副血行路を広範囲に形成できる
- TIAなど臨床症状を劇的に改善することができる
- 脳梗塞を予防できる
- もやもや血管の血行動態負荷を軽減できる
外科的治療(血行再建術治療)のデメリット
- 手術に伴う合併症の危険がある
- 有効な症例(病期)に制限がある
- 入院加療を要する
- 美容的に術後一時期問題がある
もやもや病に対する治療方針は、臨床症状が軽いものに対しては内科的治療で経過観察し、進行するものは脳循環代謝検査の評価によりバイパス術の適応を検討します。虚血型の外科治療法に関しては、成人の方には可能な限り直接バイパス術を、血管吻合が困難な子どもさんには間接バイパス術を行っていますが、直接バイパス術を行う場合も間接法を追加して、より確実性を期しています。
出血例とそのバイパス術治療効果について
もやもや病出血例の年間発症率は0.5人/100万人、日本全体で年間60人程度の発生と考えられています。脳出血成人例に血管のタンコブである脳動脈瘤が見付かる方も稀にありますが、大半は動脈瘤が見付からず、脳室内出血で発症されます(写真)。再出血が起こる確率は、30−40%と考えられています。
治療法として、虚血型に対してバイパス手術が有効なことは証明され認められていますが、重篤な後遺症を残す出血型は外科的治療法が確立されておりません。もやもや病における脳出血の原因は、側副血行路の脆弱なもやもや血管が出血源で、これに増加した血流による負担が掛かり出血するのではないかと考えられています。これは、もやもや病の脳出血の多くが脳室内に起こり、もやもや血管が脳室の壁を走っているからです。それゆえバイパス手術で脳血流の流れを変えると、もやもや血管にかかる力学的負荷が軽減し再出血を予防できるのではないかと考えられています。但し、これを科学的に解明した研究はまだありません。
そこで、出血発症成人もやもや病に対する直接法によるバイパス手術の再出血予防効果を科学的に確かめるためJapan Adult Moyamoya (JAM) Trialが、厚生労働省特定疾患対策研究事業の一環として2001年より多施設で開始され、現在進行中です。非手術例における再出血率30〜40%をバイパス手術により10〜20%まで押さえられることを証明しようとの研究です。近々、出血発症例に対するバイパス手術(直接法)の効果が明らかにされるものと期待されます。
【写真1:脳内出血 写真2:動脈瘤】
7.もやもや病の手術とは?
もやもや病の手術には、大きく分けると
- 直接法
- 間接法
の2つの術式があります。
- 直接法
頭の皮膚に酸素や栄養を供給している「浅側頭動脈」という動脈と脳の表面の動脈を直接つなぐバイパス手術のことです。酸素が不足した脳に対して、逆行的に血液を流すことで、酸素を供給する手術です。我々の施設では、成人の患者さんには、こちらの直接法をお勧めしています。また、成人の患者さんでも、側頭部の筋肉をバイパス手術(血管吻合術)と同時に脳の表面に置いてくる「間接法」のEMSを追加する手術を行っています。
我々が行っている直接法の術式は、
STA-MCA anastomosis + EMS (浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術+側頭筋を脳の表面に置いてくる手術)です。
実際の手術の手技としては手術に先立ち、超音波検査で皮膚の上から浅側頭動脈の位置を確認します。次いで、動脈を損傷しないように、耳の前あたり(もみあげの中)からやや後ろに回りながら、「?マーク」を横にしたような皮膚切開を行います。「浅側頭動脈」を皮膚側に付けたままで、皮膚の下の筋肉からはがします。その後、血管を損傷しないように、この血管を皮膚からはがして、バイパスのために確保します。次に筋肉を切開して、頭蓋骨を一部外します。すると、脳を包んでいる膜である「硬膜」が見えてきます。もやもや病の患者さんでは、この硬膜を栄養している血管からも脳への血流がある場合があります。脳の血流が不足しているもやもや病の患者さんでは大事な血管ですので、頭蓋骨を外したり、硬膜を切開したりして脳を露出させるときには、細心の注意を払っております。
脳を露出させると、脳の表面に脳を栄養する血管の一つである「中大脳動脈」の末梢が見えてきます。この血管と、先ほど確保しておいた「浅側頭動脈」をつなぐのが「浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術」です。言葉でいうのは簡単ですが、実際には、これらの血管は直径が1mmほどしかなく、この血管を顕微鏡で見ながら、髪の毛よりも細い、肉眼ではほとんど見えないような細い糸で、8針~12針縫い上げる手術で、難易度の高い手術です。さらに、われわれの施設では、浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術を行った後に、側頭部の筋肉を脳表においてくるEMSも同時に行い、確実を期しています。最後に、いったん外した骨をチタン性の金属で、周囲の頭蓋骨に固定して、皮膚を縫って手術終了です。頭部の皮膚を栄養している血管を脳の中につないだのですから、今度は頭皮の血流が悪くなってしまいます。そのため、皮膚がうまくつかない「縫合不全」を起こすことがあります。われわれの施設では特にその危険性が高いと考えられる患者さんには、形成外科医の協力のもと、皮膚の縫合を行っています。
【直接法、浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術のイラストレーション(正面像】
- 間接法
直接血管をつなぐバイパス手術ではなく、頭の皮膚を栄養する血管や側頭部の筋肉や頭蓋骨の骨膜などを脳の表面に「置いてくる」手術です。もやもや病の患者さんの脳は酸素が不足していますので、酸素を欲しています。そうした酸素が不足した脳の表面に筋肉や血管を置いてくると徐々に血管が新生され、酸素が不足した脳に血液が供給されるようになるという特徴がもやもや病患者さんにはあります。そのことを利用した手術です。繰り返すようですが、直接血管をつなぐ手術ではありませんので、確実性という面においては直接法に劣る面があり、2割ほどの患者さんで手術後も血流の回復がみられないことがあります。また、成人の患者様では新しく血管が新生する力が弱くなっておられる方も多く、成人の方にはお薦めしない手術法です。しかし、「血管を切ってつなぐ」という手技が必要ありませんので、安全性という面では勝っています。そこで、我々の施設では、もやもや病のお子さんにはこの「間接法」をお勧めしています。別項(もやもや病の病期・・・)でも、お話ししましたが、もやもや病では脳の前の方から後ろの方に向かって、脳の虚血が進行していきます。そこで、我々の施設では、頭の前の方と横側の2カ所に間接バイパスを行う「複合間接血行再建術」を行っております。もし、間接法でうまくいかなければ、間接法に用いた浅側頭動脈を用いて直接法へ変更するやり直し手術を行います。
我々が行っている間接法の術式は、複合間接的血行再建術、frontal EMAS (encephalo-myo-arterio synangiosis) + temporo-parietal EDAS (encephalo-duro-arterio synangiosis) and EMS (encephalo-myosynangiosis)です。
「前頭部には前頭筋と浅側頭動脈の前頭枝を脳の表面に置き、側頭部には浅側頭動脈の頭頂枝と側頭筋を置き、硬膜に縫い付けてくる手術」です。
実際の手術の手技としては、直接法と同様に手術に先立ち、超音波や3D-CTAで浅側頭動脈の走行を確認しておく必要があります。浅側頭動脈は下図のように耳の前から頭頂部に向かって走っていますが、額側に向かう前頭枝と後ろ側に向かう頭頂枝の2本に分かれます。その血管の走行に合わせて血管の上の皮膚を切開します。皮膚を裏返しにできるようにどちらも「Uの字型」に皮膚切開を延長します。皮膚の下の血管を周囲からはがして確保します。ついで筋肉も切開して骨を露出させます。骨を外して、硬膜という脳を包んでいる膜を露出させます。硬膜には直接法でもお話したように酸素が不足している脳に酸素を供給している可能性のある血管が走っていることがあります。そのため、細心の注意の上で頭蓋骨を外したり、硬膜に切開を加えたりする必要があります。下の図のように硬膜に切開を加えたり、一部の硬膜を外したりして、そこに動脈や筋肉をあてがい、脳の表面に置いてきます。その後、外していた骨を戻して、チタン製のプレートで周囲の頭蓋骨に固定して、皮膚を縫って手術終了です。この方法でも直接法と同様に、頭皮に栄養を供給していた血管が脳の表面に置かれてしまうため、皮膚の血流が悪くなり皮膚の「縫合不全」を生じてしまう可能性があります。また小さなお子さんの場合には、皮膚も薄く縫合も困難なこともありますので必要に応じて形成外科医の協力の下に、皮膚の縫合を行います。
【Fig.1 Courses of the anterior and posterior STA branches and locations of skin incision(dotted line)and frontal and temporo-parietal craniotomies.(SA:anterior STA branch; SP:posterior STA branch; BF:bone flap) : 複合間接バイパス術のイラストレーション 皮膚切開と骨窓形成。浅側頭動脈の前枝・後枝とそれらの関係を示している。】
【Fig2 EDAS and EMS in temporo-parietal region. A:Start of skin incision and exposure of STA posterior branch through cut-down technique. B:Formation of galeal flap with STA posterior branch and posterior extension of skin incision. C:Anterior shift of galeal flap and craniotomy. D:Exposure of dura mater. Middle meningeal artery, and dural incision(dotted line). E:EDAS and EMS in temporo-parietal bone opening. F:Replacement of bone flap. (G:galea; D:dura mater; MMA:middle meningeal artery; MF:muscular and periosteal flap) : 側頭・頭頂部のバイパス(EDAS+EMS)】
【Fig.3 EMAS in frontal region. A:Skin flap formation and exposure of STA anterior branch. B:Formation of muscle flap with STA anterior branch and frontal bony opening. Dotted line indicates dural incision. C:EMAS in frontal bony opening. D:Replacement of the frontal bone flap. (SF:skin flap; MF:muscle flap) : 前頭部のバイパス(EMAS) 】
8.もやもや病のお子さんのしつけや教育現場で気をつけること
保護者の方や幼稚園、学校の先生など患児と一緒に生活される方々にとって知っておかなければならい重要事項は、一過性脱力発作とそれに対する対処です。一過性脱力発作とは、子どもさんが泣いたり、ハーモニカを吹いたり、熱い汁を冷ますためフーフーと吹くというような呼吸により誘発され起こる数分間の手足の脱力やしびれのことです。この麻痺は数分間で元に戻りますので、「一過性」脱力発作と呼ばれます。このような発作を繰り返している間に脳梗塞を生じ、手足の麻痺・言語障害・知能障害などの後遺症を残すようになります。そこで、一過性脱力発作の誘因となる行為、「泣く」、「ピアニカ・ハーモニカ・笛の演奏」、「風車・風船・ストローの使用」や「歌を歌う」などの過呼吸となる行為を止めさせなければなりません。子どもさんの場合、命に関わることは少ないのですが、後遺症を生じることがあるので、決して予後が良いとは言えません。発作を見つけることやしかって泣かせてはいけないことなど、なかなか難しい面も持っていますが、しつけ、教育現場での脱力発作を取り上げてみます。
もやもや病の子どもさんの症状ですが、一過性脱力発作や脳梗塞による片麻痺や言語障害等の症状を示すものが80%以上です。繰り返すようですが、子どもさんにしばしばみられる一過性脱力発作は、過呼吸と絡んで出現します。この一過性脱力発作を繰り返すと、発症から1~2年の初期の頃には他の子供同様に普通の学級生活が出来ていたお子さんが、5~6年以上経つと授業についてゆけなくなり、日常生活で介助を必要とする子供さんも出てきます。軽い方で高次機能障害をおこしていることがしばしばです。
もし一過性脱力発作が疑われたら、手足に麻痺がないかをみるため、両手をあげさせたり、片足立ちをさせたりします。麻痺があれば、手をあげたり、片足立ちをしたりすることが出来ません。そして脱力発作であれば、胸元を開け普通の呼吸がしやすいような状態にします。発作時の観察が治療に役立ちますので、次のことを注意深く観察して下さい。
- 意識はしっかりしているか、名前が言えるかどうか
- 症状は何か(言語障害か?手足の麻痺か?)
- 手足の麻痺であれば、四本のどの肢に麻痺があったか、右か?左か?
- 症状は何分間持続したか
- 何が誘因となったか(泣いたり大声ではしゃいだりなど)
などです。
数分後、発作が回復したのを確認するには名前を言わせ、再度手足に麻痺がないかをみます。もし、30分以上たっても症状が改善しなければ、かかりつけの病院へ急いで連れて行って下さい。また、意識がないのであれば、痙攣発作か出血が疑われます。一過性脱力発作で意識がなくなることはありません。この場合は救急車ででも至急、病院へ連れて行く必要があります。
また、幼稚園、小・中学校の先生方へ、特に音楽、体育などの実技を伴う教科の先生へ次のようなことをお願いしておかれた方が良いでしょう。
- 誘因となる行為、ピアニカ・ハーモニカ・笛の演奏、風車・ストローの使用等を止めさせてもらいます。
- 数十秒や数分間でおさまる一過性脱力発作を見逃さないようにしてもらいます。
- マラソンや水泳のようなスポーツでの過呼吸ではあまり脱力発作は生じませんが、稀にはあるので注意を払ってもらいます。
- 音楽会、運動会の応援などで大声を出し一過性脱力発作を生じることもありますので、そのような催しの際には特に注意してもらいます。
- 発作があれば、観察した発作の内容を保護者の方へ知らせてもらいます。
- 発作がひどく病院を受診する可能性の高い子どもさんの場合は、緊急で行く病院も予め相談しておきます。
- 嘔吐を伴うような頭痛の場合、昼寝をとらせてもらいます。ただし、意識がおかしければ病院へ連れて行かなければなりません。
- 意識障害でボーとしたため子どもさんが尿を漏らすことがありますので、失禁の際は意識障害がなかったか気を付けてもらいます。
- 外見上はまったく普通の子どもさんでも、しばしば集中力に欠け、知能障害のため記憶力、計算力も低下していますので、その点を理解して指導してもらいます。
- 慢性期の子どもさんでは、手足の麻痺ではなく、一瞬目が見えないというような視野の一過性発作が生じることもあります。既に視野・視力が悪い患児もいます。
- 痙攣発作は過労や睡眠不足で生じやすいので、痙攣発作を持っている子どもさんでは、あまり疲れないように気を付けてもらいます。
しつけを厳格にしようとして、もやもや病の子どもさんを泣かせてしまうと脱力発作を生じてしまいます。なかなかしかることができません。そのため、しつけ、教育を行う際には難しい面を持っています。しかし、15~16歳頃までの治療、しつけ、教育をうまく乗り切れますと大きな後遺症を出さずに成長されます。どうぞ頑張って下さい。もし、なんとなくおかしいと思われる高次機能障害が疑われたら、親御さんと相談され、高次機能検査を受けさせて下さい。